2014年08月26日

キリストへの信仰の確信(テモテへの手紙一3章8−13節)

でもそのようにはもう読みません。テモテや、ましてやエフェソの教会はさておきまして、パウロの手紙を読んだもろもろの教会は、そして後の時代のキリストの教会は、そうは読まなかったのです。

エフェソの教会の乱れという歴史から飛び出してしまったのでした。

後のキリストの教会はパウロの言葉を本当に本当に素直に読みました。そして自分たちの教会を建てあげる手がかりとしたのであります。

パウロが挙げた長老達の数々の資質についての言葉に怖じ気づくことなく、奉仕者たちの資質についての言葉にも怖じ気づくことなく、これはパウロ先生が書き送った、私たち教会のための言葉なのだ。パウロ先生はこのように私たちを励ましてくださっている。そう読んだのでした。そして自分たちの教会の励みにしたのです。

そこには教会がさまざまな役目を負った人たちに支えられて、キリストの教会がキリストのからだとして一つになるようにとのパウロの願いがあるに違いありません。



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posted by かたつむり at 12:04| 神奈川 ☔| 説教 テモテへの手紙一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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