2012年12月27日

神さまの喜び

福音書とは主イエスの伝記のようなものであるとも言えますけども、福音書と言うんですから、福音を書いたに違いない。福音というのは人に、これが本当の信仰ですよ、これで喜びなさいという言葉でしょ。
(竹森満佐一)



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2011年12月25日

あなたがたの大きな喜び(ルカ2章8ー20節)

加藤常昭先生が、今年も、メールで説教塾の牧師たちにメッセージをくださいました。H・J・イーヴァントの説教の天使と会話をする部分について、「そのなかの天使との対話の部分だけでも教会の集会で朗読されるといいと思います。今年の降誕の祝いのためにすばらしいメッセージになると思います」と勧めてくださったのです。

それはこういう対話でありました。天使に尋ねてみたい。そう言うところです。

…天使は、地上で何が起こっているか、よく知っているのであろうか。私どもと同じようによく知っているのであろうか、と。

私どもは、喜びが大きいことなどについては何ひとつ知りません。そうではなくて、私どもが気づいているのは、苦しみがますます増しつつあるということです。苦悩が深まりつつあるということです。…


私どもも…天使とともに、3月に大きな震災があった土地を見るかもしれない。生活の不自由、こわされた建物、まだそのままになっているのです。あるいは発電所の事故の現場、今なお普通に近づくことも出来ない。今なお、大量の放射性物質をまき散らし続けている。だから天使に問いかけるのです。
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2011年06月13日

聖霊が助けてくださる(ペンテコステ礼拝説教)

救いが成就することをたしかに信じることがなければ、

たとえば、死をどう迎えるかということにも、何の力もなくなる。

今は、信じているだけであるが、この救いはたしかに完成される、それを聖霊が信じさせてくれる。その時、信仰者の望みは変わり、その望みにもとづく生活が力を持つのであります。
(竹森満佐一)

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2010年12月25日

さあ、ベツレヘムへ行こう

水曜日の祈祷会で味わい、毎週の週報に載せている祈りを祈った、クリストフ・ブルームハルト牧師が、ある来客に別れを告げるとき、「天使をひとりお供させましょう」と言ったそうであります。

ルードルフ・ボーレン先生のクリスマスの説教の中で紹介されているエピソードですが、その中でボーレン先生は、「天使は、誰も見たこともない隠されたものに注目させ、それを指し示してくれます」と述べておられました。先生はさらに、「私どもが今日必要なのは、描かれた天使ではなく、現実の天使であります」とおっしゃるのです。
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2010年12月19日

キリストが泊まる場所(ルカ2章1−7節。クリスマス礼拝説教)

大きな戦争が終わって、3人の兵士が戦争から町へ戻ってきたのです。町は廃墟です。建物は打ち破れ、空が望めるほどでした。ところが、ある建物の中で、生まれたばかりの幼子と、その両親がいるのを見出すのです。

3人の兵士は3人とも古い軍服を着て、ひとりは紙箱を、ひとりは布袋を手に持っているばかりでした。3人目に至っては、戦争で両腕を失っていました。

絶望して、町に帰ってきた3人は、この幼子を見て、希望を持つことができました。そして贈り物をするのです。
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posted by かたつむり at 22:56| 神奈川 ☀| 祝いの礼拝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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