2014年12月13日

アブラハムの不面目(創世記20章)

しかし皮肉なことが起きます。アブラハムがサラを妹といつわる物語は、説明を加えれば加えるほど、アブラハムの罪が浮き彫りになってしまう、そういう物語なのです。たしかに20章ではサラをハーレムに入れる褒美をアブラハムはもらわないし、サラと王様の間に何があったかなどという詮索の余地もありません。では、なぜサラを妹といつわったのか。それは自分が殺されると思ったからであるというのは12章も20章も同じでありますが「この土地には、神を畏れることが全くないので、わたしは妻のゆえに殺されると思ったのです」と、アブラハムは断罪していますが、実は正反対なのです。

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2014年09月25日

ソドムとゴモラに降る火(創世記19章)

聖書を、特に旧約聖書を読んでいると、この19章のように理解しにくいことが起きることは少なくありません。
紹介したいのは、この物語を通じて、罪を罰しないではおかない神を語ろうとするW. リュティの言葉です。大災害、あるいは人間の残酷なわざ、彼の場合はアウシュビッツですが、そのような悲惨を前にして、すべてをおさめすべる神というものに対する疑問に対抗しようとするのです。

このロトの物語は、明瞭に、神が罪を憎み、罰することを、私どもに教える物語であると彼は言います。そしてまたそのようなさばきを私どもが傍観者として見てはいけないという物語でもあると言います。厳しく禁じられていたにもかかわらず、ロトの妻はそのさばきの光景を見ようとして塩の柱となってしまったのでした。

一方でこの人はロトを正しい人であるが、もろい人、脆弱な信仰者として語り、そのような弱い者がいかに助けられていくかという物語であると説明します。ロト自身自分自身を救うという勇気にさえかけていた。いやいやながらせき立てられて救われるという姿を私どもと照らし合わせるのです。


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2013年04月18日

目を上げ、アブラムが見たもの(創世記13章)

『アブラムは、その所で主に祭壇を築いた』。すなわち、アブラハムは信じ、礼拝するのです。かれの目に映るのはちりです。かれの目がとどくかぎり、ちりです。かれは見ることなくして信じるのです。
 そこでアブラハムは、ふたたび、もう一度、信じる人の父となることができました…(W・リュティ)


ロトが目を上げ見たものは神の園のような土地でしたが、
アブラムが命じられて見上げたのはちりだったのです。

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2013年02月13日

アブラムの赤面(創世記12章10−20節)

わたしたちと同じように、アブラムも信仰の試練に屈してしまったと言います。
しかし主なる神はここに介入された。そして罪人を打たれた。

しかもアブラムは何も言葉を発しない。それをこの牧師はアブラムの赤面であると言います。神様はアブラムを地獄の底に追いやる代わりに、家路へ、カナンの地へと返されたのだと言うのです。

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2012年12月17日

原初史の結末、アブラハムの召命(創世記12章1−9節)

主はアブラムに言われた。
行け!
あなたの地から、あなたの親族から、あなたの父の家から、
わたしがあなたに見せようとしている地へ。

主なる神様がアブラムに語られる。それは「行け!」という強い命令の言葉です。
「行け!」、「あなたの地から、あなたの親族から、あなたの父の家から」、「出て行け!」ということです。「あなたの地から、あなたの親族から、あなたの父の家から」とは少しずつ世界がせばまっているのです。新共同訳では「あなたの地から、あなたの親族から」がまとめられて「生まれ故郷」と訳されています。もともとは3段階、「あなたの地から、あなたの親族から、あなたの父の家から」なのです。


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